第4話 暗黒騎士
午前8時 バロン王国 バロン城 前半
霧の大陸の西には、バロン大陸が存在する。バロン大陸はその全土がバロン王国の領土だ。バロン王国には、陸続きの隣国が存在しない事と、広い領土を持つ事で発展の一途をたどっている。それは今も変わらない。しかし、今のバロンの発展は軍隊にのみ言える事である。バロンは、突然の軍備拡張を皮切りに、ついにガストラ帝国とその同盟国との戦いに身を投じた。既にバロンは同盟国であるカルナック王国と共に、ガストラ帝国派諸国と各地で小競り合いを繰り広げていた。そこから学んだ事は、今よりもまだ国力を付けなければならないという事だった。それが形として現れたのは、ダムシアン占領であろう。
バロン軍の飛空挺団「赤い翼」団長にして、暗黒騎士団団長であるセシル・ハーヴィもバロン国民と全く同じ気持ちで朝を過ごしていた。肩まで届く美しい銀に輝く髪、品の良さがにじみ出る様な唇、美しい顔立ち。役者顔負けの美男子である。
セシルは今、深く考え込んでいた。ここ数年のバロン王の変わり様について、である。目を閉じ、深く考える。王の行動と、ここ数ヶ月自分に与えあられた任務とを照らし合わせ、考える。ここ数ヶ月、セシルに与えられている任務というのは、飛空挺によるウォルス王国の偵察である。軍備拡張と自分に与えられる度重なる偵察任務が結びつき、導き出される物はただ一つ。ウォルスへの侵略に他ならない。これは誰もが考えている事だろう。だからバロン全体、特に軍部はこのところ緊張した雰囲気が張りつめていた。
「陛下は何を望んでおられるのだろうか・・・?」
セシルは自室で、一人つぶやく。深く、重く、沈み込む様に。不意に、セシルの思考はドアをノックする音に遮られた。
「カギは開いている。入ってくれ。」
「はっ。失礼致します。」
セシルの部屋に、赤い軍服を身につけた兵士が一礼し、入室した。赤い軍服はバロン陸軍の兵士の証だ。兵士は用件を述べた。
「陛下がセシル様をお呼びです。」
「陛下が・・・・?」
まさか・・・。耳に自分の心音がこびりついて離れない今より自分の心音を意識した事があるだろうか。
「分かった。すぐに行く。君は下がって良い。」
「はっ。」
兵士はセシルの部屋から退室していった。セシルも兵士の後を追う様に、急いで自室から出て行った。目指すは王の間である。セシルは急いでいたがしかし、バロン城内を迷う事などなかった。バロン王に仕えて早数年。それより前の幼少時代からこの城に住んでいるのだから自分の部屋から王の間に行くくらい、どうと言う事はない。目を閉じていても何の事はない。
ところで幼少時代からこの城に住んでいるセシルだが彼は、王族というわけではない。セシルには親兄弟親戚が誰もいない。つまりはセシルと血のつながっている人間は誰一人としていないと言う事だ。その彼をひきとったのが現バロン王パルパレス・フォン・バロンである。パルパレスはセシルを我が子の様にかわいがり、育てた。
セシルもそんなパルパレスを本当の父の様に慕っていた。
そのパルパレスに疑問を持ち始めたのは今から3年前の話だ。3年前からパルパレスから優しさは消え失せ、バロンは静かにゆっくり、しかし着実に軍備の拡張を始めた。飛空挺開発に伴うバロン軍飛空挺団「赤い翼」結成、飛空挺ドックをバロン城内に建設、暗黒騎士団結成、士官学校の大型化、既存の陸・海・竜騎士・近衛・白魔道・黒魔道各兵団の増強。首都および主要都市の城塞都市化。そして3年前、セシルは王の命により暗黒騎士の道を歩み始めた。負の力と自らの生命力を爆発的な力に換え、それを以てして戦うのが暗黒騎士だ。危険だとされている暗黒の力をあえて身につけたのは、パルパレスの恩に報いるためだ。今の自分の姿と、過去の事を結びつけセシルは思う。陛下は何をお望みなのか?本当に自分は暗黒の力を身につけて良かったのか・・・?
そうこう考えている内に、セシルは王の間への扉に立っていた。堅牢な扉の左右には、青い軍服を身につけた兵士がずらりと並んでいる。青い軍服は近衛兵の証だ。セシルは彼らの中央を行き、扉の前に立った。すると最も扉に近い近衛兵2人が扉を無言で開けた。セシルは深く礼をすると王の元へと歩く。
「おお、セシルよ。よく来てくれたな。」
パルパレスはセシルを優しく迎え入れた。それに促され、王に歩み寄るセシル。今、王の間にはセシルとパルパレスを含め、4人の人間がいる。紺色に竜を模した刺しゅうを施した制服の金髪の男と、純白でゆったりとした制服を着た女である。男の方は、竜騎士団団長カイン・ハイウィンド。女の方は、白魔道団団長ローザ・ファレルである。ちなみにセシルは赤と黒の制服を着ている。2色はセシルが暗黒騎士団団長と赤い翼団長を兼任している事を示している。パルパレスが口を開いた。
「さて、お前達を呼んだのは他でもない。これからワシが3人に与える任務は、バロンの栄光の礎を築くものになるだろう。」
「はっ・・・。」
3人は、短く答えた。
「ワシが何を任務としてお前達に与えるのか、セシルが最も分かっていると思うが・・・・?」
パルパレスは暗にセシルに答えさせる様に仕向けた。
「ウォルスへの侵略、でございますか・・・?」
「その通りだ。水のクリスタルを手に入れるためだ。」
パルパレスは淡々とした口調で言った。それと同時にサウザードを除く3人に衝撃が走った。薄々そうなるのではないかと思っていた3人だが、いざ王の口からそれを聞くとはかりきれない衝撃が3人を襲った。パルパレスは3人のことなど気にもせず続けた。
「まずはセシル達3人に赤い翼で、国境付近にあるアガルトの村を抑えてもらおう。次にプラボカだ。お前達はカルナック軍と共に陸路から、港からはベイガンが指揮する海軍でウォルス軍を挟撃してもらう。」
「ベイガンも、ですか・・・。」
思わずカインが漏らした。ベイガンとは近衛兵団団長である。その彼が海軍を指揮する事には少なくない疑問を抱く。それぞれの兵団には、その兵団にのみ通用するやり方がある。海軍のやり方を知らぬベイガンに、海軍を任せるのは奇妙な話だ。そして何より、この頃ベイガンについて怪しい噂を耳にする事が多い。内通などの類ではない。彼が部隊を率いて遠征をする事が多くなっているのだ。そして不思議にその都度ベイガンは指揮官として輝かしい戦果をあげている。指揮に長けている近衛兵はそう多くない。主な任務が王の身辺警護であって、最前線で敵と戦う事がないからだ。瞬時の判断能力では他の兵団の者と比べてやや見劣りするものがあった。ベイガンもその例外ではない。それはバロン軍人であるセシル達がよく知っている。何より、指揮官が自分の部隊でなく、よその部隊を率いている事自体疑問が残る。彼は近衛兵でありながら、時に暗黒騎士や竜騎士などを指揮している。人員が不足している訳ではないのに、だ。セシルは思わずパルパレスに言った。
「お言葉ですが陛下、ベイガンに海軍を指揮させる事については、今一度検討されてはいかがでしょうか?」
「なぜだ?」
セシルの言葉に、パルパレスは憤然とした様子を隠さず言い返した。王の間に流れる空気が瞬時に緊迫した。しかし、セシルがそれに圧されはしなかった。
「陛下、海洋戦力の運用ならば、その道に精通した者が多数おります。何もベイガンに任せずとも・・・」
パルパレスは怒気を更に強めて言う。
「その様な噂など、一兵卒如きのお前が気にする事ではないっ!お前はただただわしの命令に従っておればよいのだ!!」
その言葉に、セシルの中で何かが爆ぜた。
「・・・・・・・・・・陛下!」
「なっ、なんじゃ!」
しばしの間、沈黙が続く。そして、セシルが再び口を開いた。
「陛下は一体どういうおつもりです?みな陛下に不審を抱いております!」
「・・・・・・お前をはじめとしてか?」
パルパレスも静かに反撃に転じる。
「! 決してその様な・・・。」
言葉に詰まるセシル。
「私が何も知らぬとでも思っているのか!お前ほどの者が私を信頼してくれぬとはな・・・。お前の顔など見たくもないわ!!下がるがいい!ただちに準備に取りかかるのだ。良いな?!2時間後には出撃が出来る様に!各々兵をまとめておけ!」
「はっ・・・。」
パルパレスはセシルを呼び止めた。
「セシル…?!分かっておろうな?孤児のお前を育ててやったのは、このワシである事を?!!」
「は・・・。」
3人は王の間を暗澹(あんたん)たる思いであとにした。
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